∀ddict

I'm a Japanese otaku. I like Manga, Anime, Games and Comics.

『戦国誕生 中世日本が終焉するとき』感想

ここ数年『新九郎、奔る!』*1にハマっていて、その背景事情を知るために読んだ。


概ね室町四代将軍・足利義持の死から九代将軍・足利義尚の後継者争いあたりまでを取り扱っている。そもそもの話、室町幕府は成立の経緯からして不安定。この辺りはそろそろ『逃げ上手の若君』*2が取り扱う時代になるのだけど、権威がやたら二分されていて片方で負けたものがもう片方について再起を諮って収集がつかない状態になっていったからだ(例:北朝について負けたから南朝につくなど)。皇室からして京都と吉野で二分されていた(南北朝)し、幕府も尊氏(将軍・鎌倉殿)と義直(三条殿)で二分されて観応の擾乱に発展する。

三代・足利義満南北朝は統一されるものの、有力守護の勢力を削ぐために有力庶家を本家とは別に将軍周辺に配置して分裂させるという弱体化政策を取った結果*3嘉吉の乱や、応仁・文明の乱の遠因になっていく。これは将軍が強すぎればそのうち一門や外戚が将軍を脅かすようになり、諸侯が強すぎると一門や外戚勢力を集めても将軍が太刀打ちできないというバランスの難しい問題ではある。

将軍の権威や幕府の意義としては足利将軍家が上級貴族の地位になり、幕府を通してしか武士は朝廷と交渉できないという枠組みである程度確立したものの*4、将軍なのに武力は伴わず、九代・義尚の近江遠征などにつながっていくが、将軍が武力をもって統治する体制は確立できずに終わってしまう。これは幕府の中枢にも先例ではなく、実態を重要視する人物(細川政元がその人と紹介されているが)が出てきており、正に戦国のはじまりを告げることになったという形。やることに身も蓋もなくなってくるという表現がぴったりな気がした。建前よりも本音の時代といったところだろうか。

とはいえ、倒していいという話になっても、室町幕府がその最後の方まである程度のポジションがあったように、織田信長だって

と守護から見ても三階層以下の存在で、大河ドラマでは省略されがちな部分だが、一つ上の階層の人を倒すときは二つ上の階層の権威の元でやっていたりする*5室町幕府武家が朝廷権威をある程度持てるというところに至れたのが功績だったのか。


『新九郎、奔る!』16巻では足利義尚の近江遠征、駿河館襲撃がはじまった。ここから明応の政変、永正の錯乱と続き、世は本格的に戦国時代になっていく。その間一瞬巻中解説で蜷川新右衛門が「おじさん」と呼んでいた大内氏が幕府の主要な地位を占めたりするのだけれど、そこはあまり有名じゃないんだよなぁ。縁者としては少し寂しい。

*1:

*2:

*3:といっても、これは足利義満オリジナル政策ではなく、鎌倉幕府成立期の頼朝も積極的にやっていた。例:秩父氏から畠山氏、三浦氏から和田氏、小山氏から結城氏をそれぞれ重宝するなど

*4:これは室町幕府の割と末期まで守られていた様子

*5:朝倉氏と織田氏が対立関係にあったのも、元・斯波氏家臣としての序列に沿っての反発があったり